寂しきパフォーマンス 

ある郊外の路上での出来事である。歩道を進んでいると、年の頃は50代と思しき女性が横たわっていることに気付く。具合が悪いに違いないと思い、声をかけてみる。意識ははっきりとしているように見えるが、何の応答もない。そこで救急車を呼ぼうか尋ねてみたところ、首を横に振って拒否の意思を示す。対応しあぐねていると、やにわに自ら上体を起こし、なんと息子の嫁への不満を一気に語り出したのだ。これには閉口するほかなく、その場から離れようとしたところ、「声をかけてくれてありがとう」とのお礼の一言という次第である。

ミュンヒハウゼン症候群と呼ばれる精神疾患がある。優しく世話をしてもらいたい、構ってもらいたいという精神的要求から病人を演ずる症状のことである。彼女のケースがこの疾患に該当するかどうかを判断する立場にはないが、その問題行動は嫁姑問題に起因するストレスから生じたものであり、家庭における疎外感を埋めるために対人接触を求めたのだろうということは容易に想像される。家族や周囲の人たちも彼女の異変には気づいているものと思われる。深刻な事態にならないうちにケアして欲しいものだ。その後は彼女を見かけることはないが、今もどこかで寂しきパフォーマンスを演じているのだろうか。