電車にて

電車の中での出来事である。席に座っていると、目の前に立っている若い女性のお腹が膨らんでいることに気づく。そこで、すかさず、「座りますか」と声をかけた。その女性は、年配の人から席を勧められるとは思いもよらぬことだったのだろうか、一瞬、やや戸惑いながらも、「いえ、大丈夫ですよ」と明るい表情で答えてくれた。笑顔が印象的である。これから何かと大変であろうが、ぜひ元気な赤ちゃんが生まれるようにと願わずにはいられない。

その数日後である。その日は、電車に空いた席はなく、仕方なく立ったままでいると、アジア系外国人と思しき若者のグループのなかの一人が、席を立って近づき、その席を指さしながら席に座るよう勧めてくれたのである。とは言え、座る気にはなれず、思わぬ申し出に対して、反射的に「No, thank you.」と応えるのみであった。せっかくの好意に対して、きちんと感謝の意を示せなかったことが悔やまれる。思えば、電車の中で人から席を勧められるのは、これが初めてのことである。なんとも複雑な気分である。実年齢よりも若く見えることが密かな自慢だったのだが。ともあれ、これからも、人に席を譲ることはあっても、席を譲ってもらうつもりは断じてない。さて、今度は何と言って断ろうか。